東京芸大・赤レンガ2号館

上野公園を抜け、国立博物館の前で左に。東京芸大・音楽部の門をくぐり、守衛室の裏手にひっそりと建っているのが赤レンガ1号館、2号館だ。

どちらも現存する明治初期のレンガ建物として貴重な存在であるが、とりわけ2号館はかつて一葉が足しげく通った場所として知られている。

2号館は明治19(1886)年、旧東京図書館の書庫、閲覧室として建てられた。

東京図書館については日記の中にたびたび登場しており、例えば明治25(1892)年の『につ記』には、1月13日「図書館へ行く。九時頃より家をば出づ。太平記、大和物語をかりる。」、4月20日「図書館へ書物見にゆく。大田南畝(なんぽ)、藤井懶齋(らいさい)が随筆ども見る。」、9月16日「図書館へたねさがしに行く、春雨ものがたり丈山夜譚(じょうざんやたん)及び哲学会雑誌などを見る。」などとある。

半井桃水に出会ったのは前年のこと。以降、一葉が文学修業のため図書館通いにいそしんでいたことが分かる。

濃い緑に赤レンガがよく映える。

3階部分は円形の窓が特徴的。耐火を考慮し、窓にはすべて鉄扉が備えられている。

詩人・薄田泣菫(すすだ・しゅうそん)は『「たけくらべ」の作者』という随筆で、偶然出会った一葉について詳細に記している。少し長いが引用してみたい。

…齢は二十四、五でもあろうか、小作りな色の白い婦人が、繊弱(きゃしゃ)な指先で私と同じように忙しそうに目録を繰りながら、側に立った妹らしい人と低声で何かひそひそと語り合っていた。

見ると引き締まった勝気な顔の調子が、何かの雑誌の挿画(さしえ)でみた一葉女史の姿そっくりであった。(中略)

どうした機会(はずみ)か羽織の袖口を今口金を脱したばかりの墨汁(インキ)壺にひっかけたので、墨汁はたらたらと机にこぼれかかった。周囲(まわり)の人達の眼は物数寄そうに一斉に婦人の顔に注がれた。その人は別にどぎまぎするでもなくそっと袂に手を入れたと思うと、真っ白なおろしたての手巾(ハンケチ)を取り出して、さっと被せるが早いか手捷(てばしこ)く墨汁を拭き取って、済ました顔でこっちに振りむいた。口元のきっとした……そして眼つきの拗(す)ねた調子といったら……(中略)

ほのそれ限(ぎり)で、何のことはないようなものの、しかし私にはその折の皮肉な眼つきときっとした口元とが、ちょうどあの人の有(も)って生れた才分の秘密にたどり入る緒(いとぐち)のように思われて、(中略)

あの眼つきにはわれとわが心を食(は)みつくさねば止まない才の執念(しゅうね)さが仄めいていた。…

五千円札の肖像からはうかがえない、一葉の人となりがよく描写されていて、印象的な文章である。

住所○東京都台東区上野公園12-8

アクセス○JR上野駅より徒歩約10分

※見学は平日のみ。

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