樋口一葉旧居跡(竜泉)

 

本郷・菊坂と並ぶもうひとつの旧居跡。

三ノ輪駅から国際通りを一葉記念館へ向って進み、竜泉の交差点を左折したところに、樋口一葉旧居跡の碑が立てられている。

すぐそばには一葉記念館、「一葉ワイン」を扱うマインマートがある。

碑の位置は一葉宅の左隣りにあった酒屋の跡。一葉宅は碑から東へ6mほど離れた場所にあった。

 

明治26年(1893)7月20日、一葉は商売で生計を立てる決意を固め、この地、下谷龍泉寺町三六八番地へ転居する。間口2間(約3.6m)、奥行5間半(約10m)、11坪という小さな長屋だった。

隣は酒屋と人力車屋、向かいは下駄屋。いわゆる下層階級の人々が住む街であった。一葉はこの地で荒物(ほうき、ざるなどの日用品)と駄菓子の店を営むことにした。

しかし、商売を始めるにも金が要る。今は亡き父・則義と親しかった人物を訪ね回って金を工面し、ようやく5円の開店資金をかき集めた。

8月5日、開店初日の店先に並んでいた品々は、ほうき、はたき、たわし、雪駄、草鞋、元結、箸、ようじ、歯磨き粉、ランプの芯、ふのり等。自分たちが見ても淋しいと感じる品揃えであった。

仕入れは一葉が担当し、早朝に神田・多町の市場まで買い出しに出向いた。店番は妹・くにの役目だったので、日中は執筆や文学の勉強に専念できるという腹づもりであった。

まさに士族の商法。最初は買い出しに人力車で出向いたり、仕入れ値より安く売ってしまったりと失敗もあったが、徐々に商売も板についてきた。当初は荒物が中心であったが、やがて駄菓子、おもちゃ、学用品なども並べるように。

店先は駄菓子を求める子供たちでにぎわい、その姿から一葉は『たけくらべ』の登場人物たちを着想していったと言われている。

 

順調に見えた商売であったが、はす向かいにライバル店ができたことで売り上げが急落。母や妹も薄利の商いに不満を持ち始めたことから、翌27年5月には店をたたみ本郷・福山町に引っ越してしまう。

1年にも満たない竜泉生活であったが、吉原や鷲神社のにぎわい、四季の行事を間近で体感したことが『たけくらべ』へとつながっていく。

 

DETA

住所○東京都台東区竜泉3-15-3

アクセス○東京メトロ「三ノ輪」より徒歩8分

一葉記念館

 

代表作『たけくらべ』を執筆した地である台東区・竜泉に建つ記念館。

五千円札の原図にもなった有名な肖像写真を収蔵するなど、一級品の資料が揃う。近隣には一葉にかかわるスポットが数多くあるので、ゆかりの地めぐりはここからスタートさせてもよいだろう。

 

 

『たけくらべ』の未定稿や、一葉が実際に使っていた着物、紅入れ、龍泉寺時代に住んでいた長屋の模型など観ることができる。

年に数回、企画展が催され展示品が入れ替わる。一葉の兄で絵付け作家である虎之助の作品など、よくぞ残っていたと思わされる品々が並ぶ。

 

記念館に面する「一葉記念公園」には、菊池寛の撰文による碑がある。戦災で一度は焼失してしまったものの、昭和24年(1949)に小島政二郎が補撰する形で再建された。

 

 

公園内には歌人・佐々木信綱による歌碑も建つ。

佐々木は大正元年(1912)に一葉の残した和歌を編纂し、『一葉歌集』として世に送り出した。序文で彼は、一葉の歌について「その天稟の詩才より、自ら古来の題詠的因襲をのがれ出でて、まことの歌をつくり出でたる形跡少なからざるを認め得べし」と評している。

 

 

DETA

住所○東京都台東区竜泉3-18-4

アクセス○東京メトロ「三ノ輪」より徒歩10分

都バス(都08系統)「竜泉」より徒歩3分