千束稲荷神社

地下鉄・三ノ輪駅から一葉記念館を目指して進み、竜泉二丁目の交差点を右に曲がると、すぐ看板が目に入る。

『たけくらべ』前半の山場である表町組と横町組のケンカは、ここ千束稲荷神社の夏祭りの晩に起こったものだ。

 

 

作中では8月に行われている千束稲荷神社の祭りだが、現在は5月の第4土曜日に執り行われる(3年に一度の本祭りは5月第4日曜)。

 

千束稲荷神社は江戸中期の創建と考えられている。

龍泉寺村が出来上がってからは、村の氏神様として信奉されてきたそう。

 

 

本殿に向かって左側に建つ一葉の胸像は見上げるほどの高さ。実寸に近いものを想像していたので、ちょっと圧倒される。

台座の前には、千束稲荷について触れた日記の一節が刻まれている。

 

 

正面の碑文。明治26(1893)年8月19日、「塵中日記」の一節が自筆で刻まれている。

「明日ハ鎮守なる千束神社の大祭なり

今歳は殊ににぎはしく山車などをも

引出るとて人々さわぐ

樋口夏」

 

 

『たけくらべ』の2章は「八月二十日は千束神社のまつりとて、山車屋台に町々の見得をはりて、土手をのぼりて廓内までも入込まんず勢い」と、千束神社夏祭りの描写から始まる。

日記に書きつけた情景が、そのまま作品に反映されているのが興味深い。

「今年は殊に」と日記にはあるが、竜泉に越してきたのはこの年の7月。一葉は以前にも千束稲荷神社の大祭を目にした上で、「殊に」と書いたのか、はてまたご近所の評判を受け売りしたのか。

 

 

お札の肖像画より彫りが深く、きりりと引き締まった表情が印象的である。

竜泉での一葉一家は荒物屋を営んでいた。

大祭の賑わい比べ、我が家の店先は飾りつけも品ぞろえも淋しい、と一葉は日記の中で嘆いている。さりとて品を増やそうにも仕入れに回せる金が足りない‐。

明日の朝には返すからと前借りして、50銭分のマッチを補充する姿が涙ぐましい。

そう思って見返すと、一葉像の横顔もどこか懊悩しているようである。

 

 

住所○東京都文京区2-19-3

アクセス○東京メトロ千代田線「三ノ輪」駅より徒歩5分

樋口一葉旧居跡(竜泉)

 

本郷・菊坂と並ぶもうひとつの旧居跡。

三ノ輪駅から国際通りを一葉記念館へ向って進み、竜泉の交差点を左折したところに、樋口一葉旧居跡の碑が立てられている。

すぐそばには一葉記念館、「一葉ワイン」を扱うマインマートがある。

碑の位置は一葉宅の左隣りにあった酒屋の跡。一葉宅は碑から東へ6mほど離れた場所にあった。

 

明治26年(1893)7月20日、一葉は商売で生計を立てる決意を固め、この地、下谷龍泉寺町三六八番地へ転居する。間口2間(約3.6m)、奥行5間半(約10m)、11坪という小さな長屋だった。

隣は酒屋と人力車屋、向かいは下駄屋。いわゆる下層階級の人々が住む街であった。一葉はこの地で荒物(ほうき、ざるなどの日用品)と駄菓子の店を営むことにした。

しかし、商売を始めるにも金が要る。今は亡き父・則義と親しかった人物を訪ね回って金を工面し、ようやく5円の開店資金をかき集めた。

8月5日、開店初日の店先に並んでいた品々は、ほうき、はたき、たわし、雪駄、草鞋、元結、箸、ようじ、歯磨き粉、ランプの芯、ふのり等。自分たちが見ても淋しいと感じる品揃えであった。

仕入れは一葉が担当し、早朝に神田・多町の市場まで買い出しに出向いた。店番は妹・くにの役目だったので、日中は執筆や文学の勉強に専念できるという腹づもりであった。

まさに士族の商法。最初は買い出しに人力車で出向いたり、仕入れ値より安く売ってしまったりと失敗もあったが、徐々に商売も板についてきた。当初は荒物が中心であったが、やがて駄菓子、おもちゃ、学用品なども並べるように。

店先は駄菓子を求める子供たちでにぎわい、その姿から一葉は『たけくらべ』の登場人物たちを着想していったと言われている。

 

順調に見えた商売であったが、はす向かいにライバル店ができたことで売り上げが急落。母や妹も薄利の商いに不満を持ち始めたことから、翌27年5月には店をたたみ本郷・福山町に引っ越してしまう。

1年にも満たない竜泉生活であったが、吉原や鷲神社のにぎわい、四季の行事を間近で体感したことが『たけくらべ』へとつながっていく。

 

DETA

住所○東京都台東区竜泉3-15-3

アクセス○東京メトロ「三ノ輪」より徒歩8分

一葉記念館

 

代表作『たけくらべ』を執筆した地である台東区・竜泉に建つ記念館。

五千円札の原図にもなった有名な肖像写真を収蔵するなど、一級品の資料が揃う。近隣には一葉にかかわるスポットが数多くあるので、ゆかりの地めぐりはここからスタートさせてもよいだろう。

 

 

『たけくらべ』の未定稿や、一葉が実際に使っていた着物、紅入れ、龍泉寺時代に住んでいた長屋の模型など観ることができる。

年に数回、企画展が催され展示品が入れ替わる。一葉の兄で絵付け作家である虎之助の作品など、よくぞ残っていたと思わされる品々が並ぶ。

 

記念館に面する「一葉記念公園」には、菊池寛の撰文による碑がある。戦災で一度は焼失してしまったものの、昭和24年(1949)に小島政二郎が補撰する形で再建された。

 

 

公園内には歌人・佐々木信綱による歌碑も建つ。

佐々木は大正元年(1912)に一葉の残した和歌を編纂し、『一葉歌集』として世に送り出した。序文で彼は、一葉の歌について「その天稟の詩才より、自ら古来の題詠的因襲をのがれ出でて、まことの歌をつくり出でたる形跡少なからざるを認め得べし」と評している。

 

 

DETA

住所○東京都台東区竜泉3-18-4

アクセス○東京メトロ「三ノ輪」より徒歩10分

都バス(都08系統)「竜泉」より徒歩3分