見返り柳と吉原大門

「廻れば大門の見返り柳いと長けれど」

あまりにも有名な『たけくらべ』の冒頭に登場する、吉原の見返り柳。

地下鉄の三ノ輪、入谷、あるいはJR鶯谷、南千住…いずれの駅からも距離があるので、上野や浅草からバスに乗り「吉原大門」で降りるのがおすすめ。ちなみに私は鶯谷駅からタクシーで。料金は1000円ちょっと。

ターミナル駅や観光名所の間近にありながら微妙にアクセスしにくいところに、異界であった吉原の面影が残っているようにも思える。

 

吉原帰りの客が名残惜しく振り返った場所だという「見返り柳」は、「吉原大門」交差点の角にある。

 

震災や戦災で焼失してしまったため、『たけくらべ』に登場した見返り柳は既になく、現在の樹は何代目か後のもの。

見返り柳を背にして歩きはじめると、道がくの字に曲がっている。

ここが「衣紋坂」。吉原に入る客が、身づくろいをしたことから名がついた。曲がり道になっているのは、街道から遊郭や客の姿が見えないようにするため。坂とは言うものの現在は平坦な道である。

 

衣紋坂から派出所を過ぎると「吉原大門跡」へ。

休日の午前中は、史跡散策とおぼしき中高年男女の姿が目立つばかりで、歓楽街のあやしさはどこにも感じられず。まして、一葉の描いた吉原の華やぎは望むべくもない。衣紋坂を抜けて以降、街路がすべて直線で構成されているのは、人工的に造られた街らしいと言えよう。

 

吉原大門跡から吉原神社、吉原弁財天を経て浅草までひと歩き。色街のなまめかしさはみじんも感じられない、健康的な散歩コースである。

 

住所○東京都台東区千束4-10-8

アクセス○都バス:上46、草64系統「吉原大門」下車すぐ

鷲神社

一葉記念館から国際通りに出て浅草へ向かうと、「おとりさま」こと鷲神社の赤鳥居が見えてくる。

 

 

『たけくらべ』の冒頭、「例の神社」として人々の口に上るのが鷲神社だ。

長屋の人々が内職で「あやしき形(なり)に紙を切りなして」いるのは、酉の市に鷲神社で売りに出される熊手である。

酉の市は、11月の酉の日に行われる。酉の日は12日おきだから、月2回の年(「二の酉」と呼ばれる)と、月3回の年(「三の酉」)がある。『たけくらべ』で描かれる酉の市は「三の酉」だ。

 

‐此年三の酉までありて中一日はつぶれしかど前後の上天気に大鳥神社の賑わいすさまじく、此処をかこつけに検査場の門より乱れ入る若人達の勢いとては、天柱くだけ地維かくるかと思はるる笑ひ声のどよめき。‐

境内にある「樋口一葉文学碑」には、『たけくらべ』14章の、酉の市の場面が刻まれている。

 

 

並んで立つ、「樋口一葉玉梓乃碑」は半井桃水にあてた書簡文。

明治27(1894)年3月26日、病床の桃水を見舞った直後に出した手紙とされている。

 

住所○東京都台東区千束3-18-7

アクセス○東京メトロ日比谷線「入谷」駅より徒歩7分

千束稲荷神社

地下鉄・三ノ輪駅から一葉記念館を目指して進み、竜泉二丁目の交差点を右に曲がると、すぐ看板が目に入る。

『たけくらべ』前半の山場である表町組と横町組のケンカは、ここ千束稲荷神社の夏祭りの晩に起こったものだ。

 

 

作中では8月に行われている千束稲荷神社の祭りだが、現在は5月の第4土曜日に執り行われる(3年に一度の本祭りは5月第4日曜)。

 

千束稲荷神社は江戸中期の創建と考えられている。

龍泉寺村が出来上がってからは、村の氏神様として信奉されてきたそう。

 

 

本殿に向かって左側に建つ一葉の胸像は見上げるほどの高さ。実寸に近いものを想像していたので、ちょっと圧倒される。

台座の前には、千束稲荷について触れた日記の一節が刻まれている。

 

 

正面の碑文。明治26(1893)年8月19日、「塵中日記」の一節が自筆で刻まれている。

「明日ハ鎮守なる千束神社の大祭なり

今歳は殊ににぎはしく山車などをも

引出るとて人々さわぐ

樋口夏」

 

 

『たけくらべ』の2章は「八月二十日は千束神社のまつりとて、山車屋台に町々の見得をはりて、土手をのぼりて廓内までも入込まんず勢い」と、千束神社夏祭りの描写から始まる。

日記に書きつけた情景が、そのまま作品に反映されているのが興味深い。

「今年は殊に」と日記にはあるが、竜泉に越してきたのはこの年の7月。一葉は以前にも千束稲荷神社の大祭を目にした上で、「殊に」と書いたのか、はてまたご近所の評判を受け売りしたのか。

 

 

お札の肖像画より彫りが深く、きりりと引き締まった表情が印象的である。

竜泉での一葉一家は荒物屋を営んでいた。

大祭の賑わい比べ、我が家の店先は飾りつけも品ぞろえも淋しい、と一葉は日記の中で嘆いている。さりとて品を増やそうにも仕入れに回せる金が足りない‐。

明日の朝には返すからと前借りして、50銭分のマッチを補充する姿が涙ぐましい。

そう思って見返すと、一葉像の横顔もどこか懊悩しているようである。

 

 

住所○東京都文京区2-19-3

アクセス○東京メトロ千代田線「三ノ輪」駅より徒歩5分