旧伊勢屋質店

一葉ゆかりの場所は、ほとんどが「跡」としてしか存在していない。

旧伊勢屋質店は彼女が生前、足を運んだ時とほとんど変わらぬ姿をとどめている貴重なスポットである。

旧伊勢屋質店は菊坂を下がりきった手前にある。

坂下から見て左手。軒の大きく張り出した出桁造りの建物と、白壁の蔵はよく目立つ。

 

 

 

伊勢屋の創業は万延元年(1860)。勝海舟や福澤諭吉を乗せた咸臨丸がアメリカへ旅立った年である。

明治23年(1890)9月、一葉が本郷菊坂に引っ越してきてから伊勢屋との付き合いは始まった。3年後、台東区の竜泉に移っても金策のために通い続け、没するまでの6年間にわたり関係は続くこととなる。

当時の主人・二代目永瀬善四郎は作家としての一葉に気づいておらず、新聞の訃報でようやく樋口夏子がその人であると知った。

「そんな方とは、ちっとも存じませんで」と悪い事でもしたように、善四郎は香典1円を届けている。

昭和57年(1982)に質店は廃業。平成26年(2014)には取り壊しの話も出たが翌年、跡見女子大学が敷地・建物を買い取ることで解決。土日に限り一般公開も行われるようになった。

 

 

DETA

住所○東京都文京区本郷5-9-4

アクセス○東京メトロ丸ノ内線/都営地下鉄大江戸線「本郷三丁目」駅より徒歩7分

東京メトロ南北線「東大前」駅より徒歩7分

樋口一葉旧居跡(本郷)

一葉の艱難辛苦に満ちた24年の短い生涯の中でも、明治22年(1889)7月からの約1年間はとりわけ辛い時期だったろう。

この年の7月に父・則義が病没。長兄・泉太郎は既に没し、次兄・虎之助とは絶縁している。一葉は17歳の若さにして、母と妹を抱え、樋口家の当主として自立しなくてはならなかったのだ。

家を出ていた虎之助の許に3人で身を寄せたものの生活はすぐに逼迫。23年5月、一葉は和歌の勉強に通っていた萩の舎に寄宿することとなった。

和歌の師・中島歌子からは教師の口を世話してやると言われていたが、就職話はいっこうにまとまらず萩の舎では小間使い同様に扱われた。

 

たまりかねるように母娘3人で転居したのが23年9月末頃のこと。ここ、本郷・菊坂であった。

翌24年、一葉はついに小説家を職業にしようと決意する。

 

 

一葉旧居跡は目立たない路地の奥にひっそりとある。

画像の右側、椿の木と井戸のあたりに建っていた。

奥に見える階段はコンクリートであるものの、なんとも時代がかっており、明治中頃にタイプスリップしたような感覚におそわれる。

ちなみに昭和20年代にはこんな風景であった(写真:大竹新助 『日本文学アルバム第3巻 樋口一葉』筑摩書房、1954年刊より。※許可を得て転載)。

 

 

一葉も使っていたこの井戸は、現在も地元の方々に利用されているそう。

 

井戸の上には注意書きが。一葉のちびキャラがちょっとかわいい。

特に記念碑が建っているわけでもなく、普通の住宅地なので静かに見学するよう心がけた。

 

 

一葉旧居跡に行くには、菊坂から一本逸れた脇道から細い路地へ入る。

たいへんわかりにくい場所だが、旧居跡へ続く横道の前だけタイルになっているのが目印。

 

 

DETA

住所○東京都文京区本郷4-32

アクセス○東京メトロ丸ノ内線/都営地下鉄大江戸線「本郷三丁目」駅より徒歩8分

東京メトロ南北線「東大前」駅より徒歩8分

東京メトロ三田線/都営地下鉄大江戸線「春日」駅より徒歩8分

法真寺(桜木の宿)

 

横断歩道をはさみ、東大の象徴である赤門の真向かいに建つのが法真寺だ。

一葉が幼少期を過ごした家は現在、法真寺の境内となっている。当時は寺の東隣に建っていた。

45坪もある立派な屋敷で、庭には立派な桜の木があったという。

父・則義もまだ健在で警視病院の会計係を務めており、家は裕福だった。経済的には最も恵まれた時期に過ごしたこの家を、一葉は「桜木の宿」として懐かしんだ。

 

一葉はここで4歳から9歳(明治9~14年)までの5年間を過ごしている。

日記『塵の中』で「草草紙が好きで、手鞠や羽子板をなげうって読みふけっていた。特に好きだったのは英雄豪傑の物語だった」と振り返っているのが「七つといふとし」だから、ちょうどこの時期にあたる。

「普通の一生で終わりたくない。竹のひと節でもいいから抜きん出た身になりたい」と志したのは「九つ斗(ばかり)の時」。作家・一葉の土台は桜木の宿で形成されたと言えるだろう。

 

境内にある「一葉塚」の背後には、草草紙を手にする少女・一葉の像がある。有名な肖像写真をほうふつとさせる、きりりとした眉立ちだ。

像の脇には桜の木が植えられている。品種はその名も「一葉」。

 

 

本堂右手にあるベンチにも、一葉をモチーフにしたと思われるブロンズ像が。

髪を下した袴姿は、木下杢太郎記念館にある写真を思わせる。

 

 

毎年11月23日には「文京一葉忌」が執り行われる。過去には瀬戸内寂聴の講演や、幸田弘子による朗読が催された。

 

DETA

住所○東京都文京区本郷5-27-11

アクセス○東京メトロ丸ノ内線/都営地下鉄大江戸線「本郷三丁目」駅より徒歩5分

東京メトロ南北線「東大前」駅より徒歩5分